2019年3月26日火曜日

城ケ崎(3/14)

HSさんと城ケ崎へ。
@漁り火


だいぶ昔のことになってしまったけれど、城ケ崎へ行った。
おそらく今シーズン最後となるかと思う。



〈HSさんは2トライ目で無事イサリビライトを回収〉


この日はサンデークラック5.10bと、北ウィング5.10dⓇをトライした。
結果は、サンデークラックは2撃、北ウィングはTO。

サンデークラックは一瞬で勝負がつくと思いながら、マントル中に躊躇してしまい、
足が震え始め、どうしようもなくなり、テンションをかけた。ホールドを探り、ムーブをばらして2撃。

〈サンデークラック〉

北ウィングは、オブザべ中に躊躇する姿がリアルに想像でき、かなり不安になったが、自分を奮い立たせてトライ。
結果は、懸念のハング越えのところで0番のカムの効きが不安になり突っ込めずテンションを恐々かけ、00などのカムの固めどりとムーブを探り、なんとかTO。

しかし、腕のパンプ具合、精神疲労を考えるとハングの下でエイドダウンするべきだったんじゃないかと深く反省した。

カム足元約2mで、敗退もエイドもできず勝負の1手を出すしかなくなり、その1手が読み通りったガバだったから止まっただけで落ちていたらグランドしていたかもしれないと思う。

そもそもオブザベーション時からかなり不安になっていたのだから、別にトライしなくてもよかったのではないかとも思う。

ムーブはできたが回収に行くのは、もっとこの手のルートの修行を積んでから。
しばらく先になりそうだなと思った。

〈北ウィング〉

**********
・ヒマラヤ帰り 5.8(OS)
・サンデークラック 5.10b(×,RP)
・北ウィング 5.10d(×)




2019年3月11日月曜日

癒されるコト

最近はいろんな挫折を味わい、クライミングの厳しさばかり考えていて、体力とメンタルを消耗しナーバスになっていた。

自分にとって癒されるのは、自分の心と身体について、考えているときだ。

朝身体の機能が動き始めることを感じることとか、

1日のシュミレーションを脳内でするとか

毎朝できるだけ太陽礼拝をする時間を作るとか

壁の中でゆっくりと登ることでフォームや筋肉を意識することとか

食べ物の選択をシビアにするとか

ひとりの時間を楽しく過ごすことも大事な時間だと思う日々(笑)

ほんの数年前まで、毎日登らないと弱くなるとか、毎週末外岩に行かないと、予定がないとダメな気がするとか思っていたけど、

そんな日々から意図的に開放できるようにようやくなってきた気がする。

週末はPUMPアカデミーに初めて行ってみたが、かなり自分としてはよかった。

3階もよかったし、ボルダーエリアの課題も最近のパンプ系列の課題のグレード感からすると、かなり優しく感じた(若干自信を取り戻せた(笑))

バイト前の限られた時間、集中して取り組むこと。

そしてその限られた時間を作り出す努力ができるようになったこと。

ちゃんと前に進んでいるという感覚がえられ、少しだけ自分にリラックスできた。


春の奥多摩の陣は天気や花粉の関係でどうやら、超短期決戦となりそうなので、

コンペのつもりで、今シーズンの目標課題に挑みたいと、何となく日々考えていることが今はこの上なく楽しい時間。

2019年3月7日木曜日

2月のトレーニングの振り返り


本当に今の自分の課題が何かわからないまま、毎週お付き合い頂けるパートナーの方に甘え、ここ1年以上火・木の毎週はリードジムに通うことができた。
とても恵まれた環境でトレーニングを積めてきたと思う。

しかし、これからのトレーニングはもっと今の自分の課題を意識して、毎週考えながら取り組んでいきたいと思う。

最近BJCやRJCを見ていて、やはりボルダー力もジムリードでも超重要だなと思ったので今後のプランとしては、ボルダー比率を上げる予定。
3月からは学校に通う予定なので、日常生活やトレーニングの密度を上げねばと思う。

またここ数か月はジムでは、ほとんど伸びていないので、いろいろ変えていかないといけないと思う。(久しぶりに秋パンに行ったら、荻パン以上に登れなかったし…涙)




日付 場所 傾斜 課題名 グレード トライ数 成績
2019/2/6 pump2 ギャラリー 白 5.6 1 TR
ショートウェーブ ピンク 5.7 1 TR
タワー 茶色 5.10d 1 アップ
ショートウェーブ 青 5.10a 1 アップ
奥壁 青 5.10d 1 OS
一反木綿 黒 5.10d 1 追い込み
奥壁 緑 5.10c 1 OS
奥壁 緑 5.10a 1 OS
奥壁 黄色 5.11a 1 OS
ツナミ マーブル 5.11a 1 追い込み
ダイヤモンド 赤 5.10d 1 追い込み
100度 ピンク 5.11a 1 追い込み
一反木綿 赤 5.11a 1 追い込み
タワー 茶色 5.10a 1 追い込み
2019/2/7 pump1 SORA 赤 5.10a 1 アップ
スラブ オレンジ 5.10b 1 アップ
富士山 黄色 5.10b 1 アップ
ほこら左 黒 5.11b 2 RP:通算3日,6便
富士山 ピンク 5.11b 2 ×,TR
ほこら右 黄色 5.10d 1 ×
2019/2/11 ランナウト 垂壁 ピンク 5.10c 1 OS
垂壁 白 5.10a 1 OS
垂壁 緑 5.10b 1 OS
薄被り 5.10b 1 OS
薄被り 黄色×ピンク 5.10a 1 OS
薄被り 水色バー 5.10c 1 OS
垂壁 オレンジ 5.10d 1 OS
垂壁 黄色 5.10a 1 OS
2019/2/13 pump2 ギャラリー 肌色 5.9 1 アップ
ギャラリー 青 5.10a 1 アップ
小ツナミ 緑 5.10b 1 アップ
小ツナミ 水色 5.10d 1 アップ
ショートウェーブ 赤 5.8 1 アップ
2019/2/14 pump2 ギャラリー 白 5.6 2 アップ
一反木綿 黒 5.10d 1 アップ
奥壁 黒 5.11b 4 ×
ダイヤモンド 黒 5.10d 1 追い込み
2019/2/15 pump2 ショートウェーブ 紫 5.7 2 アップ
100度 緑 5.10a 1 再登
100度 青 5.9 1 再登
一反木綿 紫 5.10b 1 再登
一反木綿 緑 5.10a 1 再登
奥壁 緑 5.10c 1 再登
奥壁 青 5.10d 1 再登
一反木綿 紫 5.10c 1 再登
小ツナミ 紫 5.10c 1 再登
タワー右 白 5.10d 1 再登
一反木綿 オレンジ 5.10d 1 再登
ギャラリー 白 5.10b 1 再登
タワー ピンク 5.10c 1 再登
2019/2/17 ランナウト 入口の垂壁 茶色マーブル 5.9 1 OS
入口の垂壁 赤 5.10a 1 OS
入口の垂壁 青 5.10b 1 OS
メインウォール 白 5.10a 1 OS
メインウォール 赤四角 5.10c 3 RP
メインウォール 水色矢印 5.11a 1 OS
2019/2/19 pump1 スラブ 赤 5.8 1 アップ
スラブ 白 5.9 1 アップ
ほこら右 黄緑 5.10a 1 OS
ほこら左 黄緑 5.10b 1 OS
ほこら右 赤 5.10c 1 OS
ほこら左 白 5.10d 1 OS
ダイヤモンド ピンク 5.11b 1 OS
一反木綿 黒 5.11b 2 RP
一反木綿 青 5.10d 1 追い込み
一反木綿 オレンジ 5.10a 1 追い込み
一反木綿 黄色 5.10c 1 追い込み
奥壁 緑 5.10d 1 追い込み
富士山 水色 5.10c 1 追い込み
富士山 青 5.9 1 追い込み
富士山 赤 5.8 1 追い込み
2019/2/28 pump2 小ツナミ 紫 5.10c 1 アップ
ショートウェーブ 緑 5.10b 1 アップ
小ツナミ 肌色 5.11c 2 ×
ショートウェーブ 黄色 5.10a 1 追い込み
タワー右 黄緑 5.11a 1 追い込み
小ツナミ 白 5.11a 1 追い込み

2019年3月2日土曜日

自分の過去から学ぶ、自分の課題についての考察

この一週間、今までのクライミング人生を振り返り、改善点がいろいろと見えたので、自分メモとして記録。

まずは自分を振り返る重要な出来事を振り返ってみる。

①大学4年生の頃に起こした、学科の友人(女性)と奈良の前鬼川本谷での沢登り中に2段10メートルの滝の2段目、フリーソロ中における滑落→釜に巻かれる→奇跡的に浮いてくる→怖くなって同ルート下降で敗退。という死亡事故未遂があった。

前段階として、フォローでは谷川の沢などの3級くらいまでの沢を20本くらい登ったことがあった。
自分で企画した沢登りは他に、ナルミズ沢、シレイ沢などでリーダー経験を積み挑んだ。
ちなみにこのあと赤谷川本谷に行く計画をしていた(笑)(行っていたら絶対命はなかったと思う)

実際リーダーで行きはじめて、ロープやギアはただ持っているだけで、使い方がわからないことはすぐ気づいていた。
また読図もあまりできず遭難しかけながらも何となく無事に帰ってこれたので、何となく辞められなかった。
上記の件を受けて、やはりロープが使えないと危ないのではないかと、自分は本気で思い友人とリードジムに行く話し合いをしたが、賛同してもらえず、沢登りを企画するのが怖くなり、その友人とはだんだん疎遠になった。
結局自分は沢登りはフォローであり、フリークライミングはジムボルダラーである状態に戻った。

②大学4年生の冬、八ヶ岳の阿弥陀南陵にフォローで行ったとき、はじめてリードが見えなくなる距離でロープを使った。リードの操作がよくわからなかったので、いつビレイを解除していいのか、登り始めていいのか解らずフリーズ。そのころからフォローであること=安全な状態でもないことに薄々気づいていた。
しかし、その後も毎週八ヶ岳の初級バリエーションルートに通い、ついに硫黄岳周辺で遭難しかけ、肌が黒ずむ凍傷になり、手足の指のしびれが数か月残った。
その件をきっかけに、自分がリスクコントロール全くできない場所に行くのは、心底危険だと思い山のフォローを辞め、当時のパートナーに頼み込んでマルチピッチの練習を広沢寺で始めた。そこで出会った方に危ないと注意され、その方が代表を務める山岳会に入った。

③毎週のようにマルチピッチの練習をする為、広沢寺や越沢に通い、そのうちセレクションなどにも連れて行ってもらった。そこでクラックルートの登れなさに絶望し、マルチピッチ自体もオーバーワークということに気づく。山岳会からも距離を置き、自分で始められそうな外岩をやろうと思い、ジムスタッフ仲間と御嶽に行くようになった。そのうちにスタートから3手しか進めない忍者返しに通うことがライフワークとなり、何となく毎週御嶽に通っていた。

④御嶽通いが板についてきたころ探検部の先輩から、沢登りがやりたいという探検部女の子を複数人紹介してもらい、ジムのリード(自分の中では基礎)から始めたいという強い希望を飲んでくれたKちゃんとロックランズに通うようになった。ジムに通っているひとの見よう見まねでリードとビレイを覚え、毎週通っていたら、5.11前半がレッドポイントできるようになった。(常連さんにはリードもビレイも注意されていたが意味があんまり解らなかった)

そしてジムで自信をつけたので、奥多摩の岩場に通うようになり、全ピンテンションスタイルで5.10台の課題をレッドポイントし始めた。しかしスリップフォールしグランドフォールしそうになったり、トラバースルートの回収等で思いっきり振られ回収中岩に激突したりと、今考えるとまだこの活動もかなり危なっかしかったと思う。
そしてKちゃんと一緒にタイのプラナンに行き、終了点が全部ラッペルリングということで、はじめて「イラストクライミング」で読んだ結び替えという技術を使いこなせたと喜ぶ。(当時たくさんのクライミングの技術書を読んでいたが、ほとんど意味不明だった)
しかし、タイでも30m飛び降り回収や土砂降りの中の命がけのトップアウトなど、危なかったと鮮明に思い当たる事態が多数おき、それをきっかけに5.8~5.10aしか触らない方が安全であるというKちゃんの意見に概ね従ったが、違和感を感じI登山塾日誌にたどり着き読み始める。そして帰国までにはすべての記事を読み、師匠に頼み込んでI塾参加に至る。

⑤その後はSNSでやりとりしたひととボルトルートに行くようになる。
そのひとにいつも危ない死ぬぞと言われ、自分でもなんとなくそう思っていたが理由はよくわからなかった。彼が登る5.12aくらいのルートを一緒にトライし、ある日大フォールし岩に激突。足の脛を打ち脂肪層がえぐれるまでそのトライスタイルは続いた。(その後はまた、テンションレッドポイントスタイルに戻った)
その傍らI塾ではクラックを習っていたので、当時一緒によく講習を受けていた方々と、その冬から城ケ崎に行くようになる。そして毎度ただトラブルだけを起こしクライミングどころじゃない日々が続く。(マザークラックでの事故未遂もこの時期)

またマルチピッチ講習に進むと、リスクコントロールやメンタルコントロールできないという絶望的な挫折を味わい、オンサイトトライとメンタルコントロールの重要性を痛感する。しかし上記を相当意識して取り組んだ結果、その年の秋にはボルトルートの5.12aをマスターオンサイト、マルチピッチリード講習も卒業。

卒業後は師匠とクラック遠征に行ったり、KMTさんと瑞牆を徘徊したり、IJC♡の活動を始めたりと普通のクライマーになったような気がしていた。
でもいま考えてみると、クライミングの楽しさと、本気トライばかりに注目していて、やはりリスクコントロールやメンタルコントロールに対する興味は上記2点よりは薄かったと思う。
また自分にとっては目の前の小さな完登や、依存的関係ではなく、いろいろなクライマーと登ることができるようになったことが最大の喜びであり、クライミングにおける楽しさと感じていたが、それも今考えればすこしおかしな話ともいえる。

まずは自分の目標や目的があってこそのパートナー探しであって、IJC♡の活動が本格化しはじめてからは、メンバーと一緒に登ることが楽しすぎて、メンバーに合わせて自分も行動し、なにか困っていたら助けてあげたいと思っている節もあった。気が付けば、クライミング=遊びという感覚となっていて、緊張感が薄れてきていることに対することにも無頓着だった。

そもそも自分は、普通の人よりも考えが甘く、安全意識も甘い人間だったのだから、常に日々それを意識して生きていなければいけなかったのだ。

様々なことを振り返って本物のクライマーに成る為の今思いつく範囲の小さな目標は、

・ジムであっても気軽に考えない。常に危機意識と緊張感をもって取り組む
・岩場に行く前のイメージトレーニングを欠かさず行う(最近甘かった)
・ロープの持ち運び方などのだらしなさを改善する
・どんな大きな車でも長距離でも集中力を切らさず運転できるようになること
・自分のちょっとした気がかりなことをスルーせず自分の中で改善策を考える

などである。
上記が安定的にできるようになるだけでも劇的に良い方に変わる気がしているので、今後はコツコツ頑張ろうと思う。











2019年2月25日月曜日

城ケ崎(2月21日~24日)

いろんなことがあって、いろんなことを考えた4日間だった。
クライミングは危ない、クライミングは怖い。その気持ちにまっすぐ向き合うことの大切さを思い知った。

2/21久しぶりにHSさんとご一緒させていただき、凄まじい本気トライを拝見させていただき、自分の最近の怠慢を思い知る。
三倉以降、クラックでは、旬を逃した課題ばかり登って達成感があまりなかった。
本気トライをしてないから、つまらなくなってしまっているんだと痛感した。
正直城ケ崎はルートに対して怖い気持ちが強く、あんまり足が向かなくなっていた。
まだまだ登るべきルートは沢山あるはずなのに、城ケ崎はもういいかなーなんて思っていた。

それは自分の怠慢だと改めて思った。クラックから目を背けてしまうとどんどん安きに流れる、クラックで本気トライができなければ、本物のクライマーとは言えないと思った。
この日は「漁り火レフト」をトライし、出だしでフォール。2撃したが、レッドポイントトライでもボルトルートのような恐怖の軽減は感じられず、この感覚が大事なんだと思った。
≪HSさんの漁り火ライトの凄まじいトライ≫ 

2/22IUさんに頼んでI塾講習に参加させていただきファミリーでカム回収講習に参加。自分が過去に残置した「ファザークラック」のカムを見に行った。そして「ファザークラック」を登ったあと、「マザークラック」にグレードを見てふわっと取りつき、カム抜けフォールをし後ろの壁に激突。死ぬかもしれないと思い怖くなり、それ以来ずっと封印していた「マザークラック」をトライさせていただいた。
そもそも自分でパートナーを探し、取り組めない時点でもやもやした。師匠の前でトライするというプレッシャーと安心感を取らないと向き合えないことも、弱いと思っていた。
そして20回くらいいきつ戻りつしホールドやムーブを探ったが、やはり核心部で落ちるまで頑張れず、恐々カムにテンションをかけどうにかトップアウト。
しかし、回収で事件が起こった。カムが3つもスタックし回収できなくなった。
精神的に追い詰められ、諦めてカムを3つ残して降りてきてしまった。

そして回収権をIUさんと師匠にゆずった。
カムは師匠によって無事に回収され手元に戻ってきた。
その日の晩、自分がクライマーとは言えなかったと大泣きした。
何度も本物のクライマー達が脳裏に浮かび、自分との圧倒的違いに絶望した。



2/23IJC♡メンバーが城ケ崎に来てくれることになり、土下座張りのお願いをして、再びファミリーへ。「マザークラック」に昨日と同じ位置にカムを決め、RPしカム回収することを絶対やらねばならないと思った。
結果は昨日ムーブやカムの位置は探ったとは言え、右に出るところはかなり躊躇したし、リスクと恐怖は何回登っても変わらないと思った。カム回収は相当反省とシュミレーションを夜からしていたので冷静に取り組めた。
もちろんそんなことは自己満足であって、わざわざ人に付き合わせてまで、してもしなくても、なにも変わらないのかもしれないし、前日の自分が劇的に変わるわけでもないと思う。
ただし岩と向き合うことに対して、弱くてずるい自分から目を背けないことが、自然の岩を相手にするクライマーとして成長する上で最も重要だとこの日確信した。
そしてそれは、自分にとって限界グレードの課題を登ることでも、コンペで実力を発揮するというスポーツ的な取り組みでは得られないことだと思った。


2/24フナムシへ。ここでは「無名フィンガークラック」を登った。出だしの怖いセクションで相当いきつ戻りつして頑張ったのに、ハンドセクションで手がすっぽ抜けてフォールしてしまった。そしてロープの流れもいまいちよくできず、RPしてももやもやした。


≪パープルシャドウの右側面が無名フィンガークラック≫

その後、フラッシュダンスで事件が起こる。

その件を受けて自分の価値観を深く反省した。クライミングをやるからには楽しいという気持ちが一番で、やりたいことを自分の思い通りやればいいと思っていた。
でもそれは自分の気の緩みであり、IJC♡のみんなと楽しくクライミングしたいというエゴだった。

例えばいつも同じメンバーで登ると、外岩、ジムに限らずリードもビレイも緊張感が薄れると思う。初心者でもこなれていても、しかし本質は危険な行為を行っていることに変わりはないし、どんな人でもクライミングという行為を続ける限りリスクはゼロにならないと思う。

自分のせいで、メンバーの緊張感を薄れさせてしまっていたし、塾長先生が意図して教えていなかったと思われる、ボルトルートでの敗退法やトップアウトする方法を教え、少しでも自力でチャレンジングなルートに取り組み、どうにか自分にとってチャレンジングなルートをトップアウトしRPすることで外岩でも達成感を味わって欲しいと思ったことを本気で反省した。
それは、スタイル以前の問題で人の命を軽く扱う行為でもあったからだ。
このままのIJC♡では、いつか誰かが死ぬかもしれないし、自分が死ぬかもしれないと思った。

この事実から目を背けてはいけない。
IJC♡全体として、安易な安全を確保する方法に走ってはいけない。

お前あぶねーな、死ぬぞと言われ続けていた本質がようやく見えた気がした。
わたしもクライミングをやってきたと全く言えないと思い、本物のクライマーになりたいと思った。

※※※※※※※※※※※※※※
2/21@漁り火
・ジャムウェーブ 5.9(アップ)
・イサリビクラックレフト 5.10c(×,RP)

2/22@ファミリー
・シスタークラック 5.9(再登)
・アンクルクラック 5.9(再登)
・ファザークラック 5.10b(再登)
・マザークラック 5.10c(×)

2/23@ファミリー
・無名のハンド 5.7?(アップ)
・マザークラック 5.10c(RP,通算3便,3日)
・?馬 5.10c(OS)

2/24@フナムシ
・純 5.8(アップ)
・鬼ころし 5.8(アップ)
・無名フィンガークラック 5.10a(×,RP)
・フラッシュダンス 5.10a(再登)




















2019年2月20日水曜日

最近考えているコト

≪今年の目標である5.12cを登るためにどうしたらいいかを考える≫

①ローパワー系のトレーニングに目を向ける。
数字一つ違う人たちとの違いを考えると、要因の一つは5.11台の美しさ!きボルダーなら5級の美しさ!
自分は5.10台でも美しく登れないので、現在本気トライと並行して、5.10台を美しく本数を出せるよう試験的に実践中。目標は追い込みで全部の5.10台を余裕で登れるとか~。

腕がパンプしないようにするために気を付けること

1.足デットをなるべくしないようにすること
2.デッドポイントのコントロール
3.ホールドの持ち方の改善(思考錯誤中)

②肩甲骨と腹筋の分離
腹筋に力を入れると、肩も連動して無駄な力が入ってしまうと再認識。
改善の余地あり(思考錯誤中)

③食生活の改善
不調を振り返ってみると自分は1食をたくさん食べると疲れる気がする。チョコチョコ5~6食が向いている気がする。
フリーグルテン
朝食をフルーツ&ヨーグルトor生野菜実践中
自家製プロテインバー作成中
おいしかったレシピ(自分で適当に考案、プロテインバー5個分)
・プロテイン(カフェラテ味)30g
・バター15g
・ベビーチーズ10g
・はちみつ少々
・チョコ(カカオ70)20g
・チョコ(アーモンド)10g
・アーモンドプードル大匙1杯
・純ココア大匙1杯
・ローストアーモンド10粒くらい

①アーモンドを砕く→フライパンで空焼きにする
②バターチーズはちみつをフライパンに入れ、弱火で溶かす
③フライパンに刻んだチョコレートを加え半分解けたら火を止めかき混ぜながら溶かす
④プロテイン、ローストアーモンド、アーモンドプードル、純ココアを1つのボールに混ぜ、フライパンのチョコもまぜる。
⑤平たくひとまとめにして、1時間ほど休ませる
⑥生地が固まったら、包丁で切って5等分する。


≪某プロテインバーの味に結構近づいてきた≫


④I塾参加中
自分では気づかないことに毎回気が付くことができる。
ムーブレベル0でもまだまだ改善すべきことばかり。
やっぱコーチにアドバイスをもらうことは、定期的に行った方がいいと思った。
きっと学ぶことに卒業はないんだろうな。

東京カップの日程もでたし、コンペや目標に向けて頑張ろうと思う。

2019年2月8日金曜日

近況報告

その1
苦戦していた転職活動が一番良い形で終結。
その2
アレルギー検査の結果が出て、杉花粉、ハウスダスト、空気中のカビ、カビなどへの反応が普通の人の数百倍の数値で測定値のレベルMAX、根本治療が必要。
また、小麦、大豆などの食物アレルギーも多数発見。

主治医に数値だけ見ると、私は空気清浄器のある部屋で過ごし、花粉の時期に外出する際にはベールで全身を覆うぐらいの露出を心がけたほうがよく、無菌の環境でしか生きられないくらいのことをと言われ内心ビビる。

確かに、過去を振り返ってみると、民宿宿泊や自宅以外の宿泊で、帰宅後に全身に蕁麻疹的な痒みが出たことが複数回、花粉の時期の外岩で朝起き上がれないほどの体調不良になったことが複数回あり、自分の中で府に落ちた。

もちろん、このままではクライマー生命が立たれてしまうので治療を開始する覚悟は決めてはいる。

ただISクライミング主治医も傍にいるので、アドバイスを受けつつ、可能な範囲で外岩にも行こうと思う。(春にそこまで無理をしなければ、山梨方面は行けるだろうし、山梨方面は民宿に泊まることもないだろうし)
しかしこれも今までの食生活や生活リズムの悪さも一要因だと思うので、本気で反省した。脱洋菓子、パン…

いつも変えられることに目を向け、それを考察、改善し、目的を達成すること以外はできないのだからと、現実を受け入れ、前を向いて歩こうとようやく思えてきた。